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第469話

 結氷

2011/02/19

 前日の夕方5時も過ぎた頃、一通の電話が入る。

 用件は、氷割りを、やって貰えるかすぐ返答をして欲しいと先方が言った。私は、するもしないも現地を見た上で返答をすると電話を切った。相手はすぐ重機の手配ができるかとも言っていた。何ともせっかちな人である。だが、当の私もせっかちな方だ(笑)。

 職員を連れ3人で現地へ向かう。今日は天候が荒れて除雪車を出動している。国道から河口までは除雪をしていないので、我々は吹雪の中腰まで埋まりながらあるいた。風が強く息もままならない状態であった。

 流氷が河口を塞ぎ上流の川、そして湖全体が「結氷」している。それは、河口を流氷が塞いだ為に川の流速が和らぎ凍結した。

 依頼主の事務所に行き状況を説明し、作業を行なう様打ち合わせた。今日は昨日とはうって変わり好天となり、早速作業に取り掛かった。私は、吹雪の中歩いたせいかチョット風邪気味となった。

 これは、チョットした流氷との小競り合いである・・・。

 

 

 

 

第468話

吹雪

2011/02/13

 昨夜から吹雪いている、強風ではあるが小雪交じりである。道々線一部交通止めとなり、網走では今期初めてとなった。どうやら、今日一日風は止みそうにもない。

 夕方、買い物のお付き合いで同居人とスーパーと「森の灯り」(グループホーム)にいく事になった。

 ホームではまだ夕飯前で、入居者の人達はテレビを見たりスタッフの人達と雑談をしていた。

 先日慰問コンサートに出かけ、ケーナが車の中に置きっ放しとなっていたので吹く事にした。時間がないので、器材を下ろさずアカペラで5曲ほど演奏をした。

 中には、私の演奏を何回か聴いた事があると話してくれた婦人もいた。

 演奏も終了し、今度改めて慰問に来ますと云いホームを後にした。

 外は、相変わらず吹雪きとなっていた。私達は帰りにスーパーに寄り、夕飯のおかずを買い求め帰宅した。

 

 

 

 

 

第467話

喫茶店「LODGE」

2011/02/05

 CAFE「LODGE」旧名「犬のいる喫茶店」

 住所、網走市呼人122−11

 TEL、0152−48−3773

 道々大観山公園線沿いにあり、店名のようにロッジ風の建物で、森に囲まれ店の横には「ドックラン」の施設があり、使用料は無料でコーヒー一杯飲めばよい。店主は、犬好きでドックランとしては穴場である。

 店内に入ると、靴の販売をしている「メーカー品」ばかり、そしてアウトドアーの衣料品も扱っています。

 室内音楽は「ジャズ」が聴けます。

 喫茶はコーヒーはもとより、食事もできます。オリジナルのピザ・カレー類・スパ類とあり、ちなみに今日私はスパを食べGOOD!でした。

 イメージ的には倉本聡さんの「優しい時間」だと思います。

 そこには、私のCDも置いてありよく出る処です(汗)。

 通る機会があれば、寄ってみてください。

 

 

 

 


第466話

夏のお嬢さん

2011/02/05

 朝出勤すると、FAXが届いていた。

 差出人を見ると、Mちゃん(夏のお嬢さん)からである。彼女、先月までは某テレビ局のキャスターでとてもさわやかで背も高く美人。でも、噂では大食いらしい(汗)。数年前の夏、暑い日差しをうけ彼女から取材を受けた。私はそれ以来「夏のお嬢さん」と言っている。

 彼女、今月から「FMオホーツク」に勤めたと連絡があった。無論彼女にも「風夏草」を送った。

 FAXの内容は、CDが届いたので8:30から9:00まで急きょ放送すると書いてある。私は、直に車に乗りラジオをかけた。アナウンサーが風の夏草と書いて「風夏草」と読むと説明しこれから曲をながします、俊さん聴いているかなと言った。私はチョット恥ずかしかったが、嬉しくもあった。何せ、自分の演奏をラジオで聴くのは生まれて初めてでした。それも30分間も流れていたのだから・・。

 局長、そして夏のお嬢さんアリガトウ!

 

 

 

 

 

第465話

隣人愛

2011/01/22

 町内新年会に出席をする。

 会場は例年、隣町の大空町「ホテル山水」である。事務局長のOさんが私に気を使って利用してくれている。若干ではあるが、法人株を持っているのを話をしたことがある。

 今年の挨拶は、「隣人愛」について話をした。私は町内会長でもあるがこの地区の民生児童委員を5期目で13年目に入っている。

 私は自宅に戻る時は、殆ど担当地区を通ります。特に、高齢者・独居住宅などの玄関先の除雪の状態や電灯がついているかの安否確認である。

 私自身はなにもしていないが、高齢者宅・独居宅はどの班も綺麗に除雪が行き届いている。誰と無く隣近所の会員の人たちが補っている。

 我が町内会は、弱者を守り「隣人愛」の旺盛な会員が多い。

 今日の懇親会も和やかで、そして若い会員さんも参加してくれたお陰で、先輩会員さんたちは盛り上がり、まるで孫と会話しているようで、私はとてもほほえましく嬉しかった。

 今日同行してくれた息子、そして若い会員さんに感謝する。

 

 

 

 


第464話

沖合いに流氷が

2011/01/19

 昨日、地元新聞に観光協会が流氷接岸祈願祭をおこなったと報道される。

 一日でも早く、そして遅くまで接岸して欲しいと願いを込めていた。以前も記載したが、昔は厄介もの扱いであったが今では立派な観光資源となっている。

 私の住んで入る所は、高台にあり潮見地区となっている。朝会社に向かう道路は、オホーツク海に向かっているので沖合いが見える。私は、毎日海の状態を眺めることができ、凪・時化・など観察している。今日は沖合いを見ると、白く帯状になっている流氷が見えた。これからが大変で北風が吹くと一晩で接岸となるが、南風で沖合いから消えたり戻ったりと、やきもきさせらる流氷。

 今週末から流氷祭りの準備に入り、氷像作りとなり網走も冬本番となります。

 

 

 

 



第463話

冬の能取湖

2011/01/08

 昨夜は市内より20数キロ離れた、卯原内にある「かがり屋」にて社会福祉協議会の新年交礼会に出席する。

 例年今時期は、交礼会に参加回数が多い。それは異業種が多く、そして先輩や若い人たちとの交流の場となり私にとっては色々な情報が入り、また新たな友人ができる。

 二次会も終了し部屋に戻る。世話人は各部屋割りをしてくれた、私はMさんと同室になり久方ぶりにMさんと夜中の二時過ぎまで語り合い、そして寝る事になった。

 此れからが問題なのである、Mさんのイビキである。会場では、かなり飲んでいたのである程度は予測をしていたが、壁を叩いても収まらず挙句の果てテレビをつけ音量を上げたが、負けじとイビキ音が上がり逆効果となり、五時過ぎに風呂に浸かり玄関に出る。

 旅館の前から能取湖までの間は、サンゴ草の群集となり秋には真っ赤なじゅうたんを敷いたように、とても和ませてくれる。湖を見るとまだ結氷をしていない。数人の釣り人が来て様子を探っているが、諦めて河口で氷に穴を開けチカ釣りに興じていた。

 旅館の女将さんが、看板の前で多数の観光客が写真を撮っていますよと私に知らしてくれた。私はニンマリし、「そうですか」と女将さんに返事をした。八年ほど前に、河口で工事を請負って居た時に旅館の前に朽ち果てた看板が建っていた。私は、地域貢献として看板の製作に取り掛かった。

 知人からの紹介をうけ地元の造形家のMさんを訪ねレイアートをお願いした。彼は無償で協力をしてくれた。お陰で能取湖と中央に彫ってもらい、日本文・英文でサンゴ草の説明を入れ建てた。

 私は看板の前に立ち、後方の能取湖を眺め朝の冷たい冷気をタップリと吸った。食堂に戻り朝食をとりながら、八年前にここで食べたあの美味しいアサリご飯を思い出した。

 

 

 

 



第462話

新春初レッスン

2011/01/04

 年末から、どうも腰が思わしく無い。

 ヘルニアが悪化しているようで、整体に行く。ダンナが居るというのでケーナを持参した。

 治療前に、今年の初レッスンを行なう事にした。程なくダンナの友人が訪ねて来た。二人の会話を聞いていると、バンド仲間と知った。ここは、バンド仲間が集まりやすく、お陰で音楽友達ができ私にとって有意義な処でもある。

 彼らは年金バンドと表して、演奏をしている。若い頃から楽器に足しなんで居るだけあって、DVDを見たがとても迫力があり演奏もどうに入っていた。今日は、彼らの音を聴きながらの治療となった(笑)。

 

 

 

 


第461話

謹賀新年

2011/01/01

 明けましておめでとうございます!

 本年も宜しくお願い致します。

 昨年は如何でしたでしょうか、私にとっては重〜い・重〜い一年でした。

 毎年の如く、今年こそはと願って元旦を迎えております。今日からは、「本気」の精神で気合を入れ頑張り通そうと思います!。

 本年は皆様にとって、健康で明るい一年を過ごされますよう願っております。

                管理者

 

 

 

 



 

第460話

相次ぐに

2010/12/25

 一通の手紙が届く・・。

 差出人を見ると、N先生と直にわかった。数日前にはY先生が手紙と電話をくれた。何れも今回の受賞の新聞記事を入れコメントを頂いた。

 Y先生は、小学校1・2年時の担任先生で14年前に手紙をいただき以後お付き合いをさせていただいている。書道が趣味でお墓を新装した時には書いて貰った事もある。

 N先生は、中学の時ので当時英語を教えていただいた。私の一級先輩の担任をしていたのを覚えている。小柄な先生ではあったが、指導熱心で私は良く厳しい指導を受けたものだ(笑)。また、当時の私の担任のH先生と仲が良かったのを記憶している。H先生は残念な事に他界をしたが、非常に可愛がって頂いた。当時で言う「めんこ」だと思う、だから他の生徒に悟られないように、私だけが良くムチで叩かれた。H先生は、私の人生の中で多大な影響を与えてくれたなかの一人でした。

 何れも文面は笠谷君と始まり、ほぼ四十年過ぎても先生と生徒である。お陰を持って今日は当時を懐かしく思い浮かべさせて頂いた。

 最後に、先生有難う御座います体には充分ご自愛下さいと電話をする。

 

 

 

 

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